お知らせ
2017 / 11 / 27
01:07
2017年10月27日「藤間勘萃の暮れがたバッハ」こぼれ話
四百字一人語り 其の一
「帯の声」
小学校の卒業式の日
お祝いは何がいいかと母に問われ
「その帯がほしい」と答えた私。
着姿に銀白の花を添える
亀甲花菱の引箔袋帯
しばし目を見開き
フフフと含み笑いをしながら
母は答えた。
「この帯の声、聞こえるか?
うちの方が好きやて言うてるえ
この子があんたに締めてほしいと
うちに言うてくるまではあかんな
しっかり勉強して待っときよし」
机の上に置かれた
真新しい英和辞典と腕時計に
返す言葉も見つからず
唇を噛んだ十二歳の春。
あれから季節は幾度も巡り
子供から大人へ
京都から名古屋へ
そうして先月は二十七日の夜。
「この帯、今宵はうちが
締めさせてもらいますえ」
鏡ごしにそう言い残して
私は舞台に立った
あの日の母と同じ齢になった私は
三曲目「都をどり」の途中を変え
記憶にある母の姿を一行に紡いだ
彼岸のほとりに渡ってはや七年。
舞台の日、川向こうに届いたはずの
この帯の声に
母が安らいでいることを願う